平成と共に来たり、平成と共に去りぬ

 今年早々のビッグ・ニュースはザ・モール周南が広島に本社のあるスーパー「イズミ」に身売りして「you meタウン」に衣替えするということではないでしょうか。いうまでもなくザ・モール周南は通商産業省(現・経済産業省)の「特定商業集積法」第1号認定を受けて下松市などが中心となって整備した商業・文化集積施設「下松タウンセンター」の商業施設として、1993年(平成5年)11月5日に[1]旧日本石油精製下松製油所末武貯油所跡に開店したショッピングセンターです。施設は西友ザ・モール周南店(西友としては中国地方唯一の店舗)、ザ・モール周南専門店街、食遊館、および下松商業開発が運営する地元商業者による41店舗の専門店街「星プラザ」により構成され、「星プラザ」の営業時間・店休日は西友、ザ・モール周南専門店街と異なる。建築面積17,000m2に鉄筋コンクリート造り5階建て延床面積77,666m2の建物で、1階から3階までが売り場で、4階・5階と屋上が駐車場となっています。
 開業当初は光・下松・徳山などを中心とする周南広域圏を商圏とする地域商業の核施設として大いに賑わったものです。しかし直近に「サンリブ・マルショク」が開店するなど、新しいショッピングセンターやショッピングモールなどが相次いで開店し、ザ・モール周南にかつての勢いがなくなり、撤退したテナントの空き店舗跡が目立つようになっていました。
 しかし下松市で消費される個人消費額・商業パイが減少したわけではなく、下松市のすべての商業施設の売上高の総額は現在でも増加傾向にあると思われます。ただ同一商圏内でのパイの奪い合いが消費増加を大幅に上回っていることにあるのではないでしょうか。つまりフランスの経済学者ビケティが著した「21世紀の資本論」で述べている「資本の利益率は労働利益率を上回る」という理論そのものが下松で顕在化したということではないでしょうか。
 日本国内は明治維新直後に断行された廃藩置県により全国一律の「グローバル化」がなされ、消費者の移動の自由はもとより、全国一律の法適用により「ヒト、モノ、カネ」が行政区分を越えて自由な移動が保証された、つまり日本国内だけを考えれば幕藩体制の各藩の諸制度が日本の国家支配による一元化により「グローバル化」が達成されていました。そして最後の大資本の参入障壁だった「大店法」が撤廃されたことにより、大型店舗が自由に出店できるようになりました。

 グローバル化とはこうした同一制度下での弱肉強食社会ということではないでしょうか。それを世界規模で実現しようとしているのがTPPやFTAということなのでしょう。私たち不動産業者も地域プレゼンスのない、まさにグローバル化された商圏で競い合っています。ザ・モール周南は平成の幕開けとともに開業し、平成の終焉とともに閉店することになりました。しかし私たちはピケティ氏の「新資本論」の論理によって大資本に凌駕されないように、下松の地域不動産業者として頑張っていくしかないと思うこの頃です。

2018年02月24日